共有に係る特許権(きょうゆうにかかるとっきょけん)とは、複数の主体によって共有されている特許権をいう。1人が単独で権利を有する場合と異なり、権利の行使や処分に際し、他の共有者との関係でさまざまな制約が生じる。実務上は便宜的に共有特許ともよばれる。なお、共有に係る権利の取り扱いについて特許法の条文を準用していることから、共有に係る実用新案権意匠権商標権についてもこの項で扱うものとし、さらにこれらを出願(登録)する権利についても同様にこの項において扱う。

概論

知的財産権である特許権は財産権であり、一つの権利を複数の主体が共有することが可能な権利である[1]。一つの権利を複数の主体が共有するようになる理由としては、共同で発明や創作がなされた場合、権利の一部を譲渡した場合、権利の一部または全部が複数の主体に承継された場合などがある。このような共有に係る知的財産権であっても、原則として権利者は単独所有の場合に行使することができるのと同一の権利を保持する。

しかし、知的財産権の対象は有体物ではなく無体物であり、権利範囲を明確に区分することは不可能である[2]。そのため、一の権利者は、自らの持分比率に関わらず権利全体を実施できると同時に、自らの持分にのみ対して行う行為であっても、他の権利者(共有者)の権利を侵害する結果を招く可能性がある。このような思わぬ不利益から権利者を保護し権利の安定性を担保するために、特許法においては、各権利者が共有に係る特許権(特許を受ける権利を含む)の手続、行使または処分をするにあたって、他の共有者の同意を得るか、あるいは共同で行うことを求める条文が規定されている。行為の性質によっては、他の共有者の同意を得たとしても共同で行うことが求められる、いわゆる強行法規として定められているものもある。

原則として、持分の譲渡のように第三者への影響が少ない行為については、他の共有者の同意を得さえすれば行うことが可能である[3]。持分の譲渡という行為そのものは、権利の存続や権利範囲等、対象となる知的財産権自体に影響を及ぼすものではなく、その行為の結果第三者が影響を受けるものではないので、契約自由の原則に則って、利害関係にある他の共有者の同意を得さえすれば良いというのがその理由である[4]。一方、出願、放棄、審判請求といった対象となる特許権の権利範囲や存続そのものに影響を与える行為については、第三者への影響を鑑み、権利の安定性を第一に優先することが求められるので、たとえ共有者の同意があったとしても単独で行うことはできない。このような行為を単独で行った場合は、原則拒絶、却下又は無効とされる。

制約を受ける行為

共有に係る特許権については、以下の制約がある。

他の共有者と共同で行わなくてはならない手続

下記の手続については、(代表者の届出の有無にかかわらず)全員が共同で行わなくてはならない。

下記以外の手続については、各人が全員を代表して行うことができる。但し、代表者を定めて特許庁に届け出ているときは、当該代表者のみが手続を行うことができる。(特第14条、準用<実第2条の5第2項、意第68条[5]、商標第77条第2項[6]

  • 特許出願の変更、放棄及び取下げ[7]
  • 特許権の存続期間の延長登録の出願の取下げ
  • 請求、申請又は申立ての取下げ
  • 第41条第1項の優先権の主張及びその取下げ
  • 出願公開の請求
  • 拒絶査定不服審判の請求

他の共有者と共同で行わなくてはならない行為

  • 出願(特第38条、準用<実第11条、意第15条第1項>)
  • 存続期間の延長登録の出願(特第67条の2第4項、準用<特第67条の5第4項>)
  • 審判請求(特第132条第3項、準用<実第14条の2第13項、同第41条、意第58条、商標第56条第1項、同第68条第4項>)[8][9]

他の共有者の同意が必要な行為

  • 特許を受ける権利に係る持分の譲渡(特第33条第3項、準用<実第11条第2項、意第15条第2項、商標第13条第2項>)
  • 持分の譲渡(特第73条第1項、準用<実第26条、意第36条、商標第35条>)
  • 持分を目的とした質権の設定(特第73条第1項、準用<実第26条、意第36条、商標第35条>)
  • 専用実施権の設定(特第73条第3項、準用<実第26条、意第36条、商標第35条>)
  • 通常実施権の許諾(特第73条第3項、準用<実第26条、意第36条、商標第35条>)[10]

その他

  • 共有に係る特許について審判請求をする場合、共有者全員を被請求人としなくてはならない(特第132条第2項、準用<実第41条、意第52条、商標第56条第1項、同第68条第4項>)[11]
  • 審判を請求した又は請求された場合、共有者の一人に審判手続の中断又は中止の原因があるときは全員についてその効力を生じる(特第132条第4項、準用<実第41条、意第58条、商標第56条第1項、同第42条の6>)[12]
  • 登録異議の申立てについての審理及び決定の手続について、共有者の一人に手続の中断又は中止の原因があるときは全員についてその効力を生じる(商標第43条の6第3項)

持分

持分比率

共有者間において持分についての合意がない場合は、各共有者の持分は平等と推定される(民250条)。但し、契約等によって別途持分比率が定められている場合、合意により持分比率は決定される。

持分を放棄したときの持分の移転

共有者の一人がその持分を放棄したとき、当該持分は他の共有者に帰属する(民255条)。但し、その効力は放棄の届出があった時点から生じる(方式審査便覧45.21)。

共有者が死亡したときの持分の移転

他の共有者が死亡した場合、当該共有者に帰属していた権利は、相続人がいるときはこの相続人に一般承継される。但し、この相続人が相続を放棄したときは、原始的に相続人がいなかったとみなされる(民第939条)のでその持分は他の共有者に帰属する。また、相続人がいないまま死亡したときも、同様にその持分は他の共有者に帰属する(民第255条)方式審査便覧72.11。この場合、移転の効力が生じるのは死亡の時点である。

脚注

  1. ^ 厳密には民法における準共有の概念である(民法第264条)。
  2. ^ 但し、各権利者の持分を数字や概念で表すことは可能であり、例えば共同出願契約においては、当事者がそれぞれの持分は○%と合意することが一般的である。この持分比率は、多くの場合実施料の分配や出願および維持保全手続き費用などを計算する際に用いられる。
  3. ^ 例えば、持分の譲渡によって他の共有者のライバル社が権利者となった場合、該当する他の共有者の営業活動に影響が出る可能性がある。そのため持分を自由に譲渡することはできない。
  4. ^ 但し、一般承継については特許法における譲渡として扱われないため、同意は必要ない。
  5. ^ 拒絶査定不服審判は、拒絶査定不服審判又は補正却下決定不服審判と読み替える。
  6. ^ 拒絶査定不服審判は商標法第四十四条第一項又は第四十五条第一項の審判と読み替える。
  7. ^ 特許を受ける権利に係る持分の放棄はこの項目に該当するため、全員あるいは代表者による手続が必要となる。これは特許権を放棄する場合と異なり、出願人の変更(=特許出願の変更)とみなされるためである。
  8. ^ 共同で請求を行わなかった場合の対応については、(1)査定系審判、(2)当事者系審判及び訂正審判とに分かれる。(1)査定系審判については、実質上共同審判である意思が表示されていれば手続補正が命じられる。意思表示がなされていない場合は補正できない欠陥として、請求手続は審決で却下される。一方(2)当事者系審判及び訂正審判については、原則(1)の場合と同様であるが、請求人の責に帰すことのできない事由により違反したと認められるときは、審尋を行うこととなる(審判便覧22-03)。
  9. ^ 査定不服審判において拒絶されるべき旨の審決があったとき、この審決の取消を求める訴えを提起するケースについては、民事訴訟法上の固有必要的共同訴訟と見なされる。そのため上述の通り、従来の判例は共有者全員が共同で訴えを提起することを手続の要件とする。しかしながら、この点に関しては、いずれも最高裁で否定されているものの、共有持分権に基づく保存行為として単独での提訴を有効とする高裁判決が出ている。
  10. ^ 下請けの場合は、自己の実施とみなされるため共有者の同意を得る必要はない。但し、下請けとみなされるためには次の三の要件が必要とされる。(1)権利者が対価を支払った上で製作させる契約が存在すること、(2)製作にあたり原材料の購入等権利者の指揮監督があること、(3)製品をすべて権利者に引き渡し他に販売していないこと。(「模様メリヤス事件」 大審判昭13.12.22 『最高裁判所民事判例集』17巻24号、法曹会、2700頁)なお、(1)の契約が不存在であっても、共有者の計算においてその支配・管理の下に行われる限りは、共有者の実施とみなされる。(「蹄鉄事件」 仙台高秋田支判昭48.12.19 『判例時報』753号、日本評論社、28頁。最高判昭49.12.24 『特許ニュース』 通商産業調査会)
  11. ^ 共有者全員を被請求人としない場合、瑕疵があるとして原則却下される。但し、却下とする審決がなされないうちに、必要な他の共有者を被請求人として新たな請求を起こした場合、結果的に二つの審判が統合されることで、この瑕疵が治癒されたとみなし、請求を却下しなかった裁判例がある(東高判昭44(行ケ)第62号(昭47.10.24))。
  12. ^ 例えば、共有者の一人が死亡中断した例がある(東高判昭42(行ソ)第1号(昭和42.11.21))。

関連項目

参考文献

  • 竹田和彦 『特許の知識第6版-理論と実際』 ダイヤモンド社、1999年

外部リンク